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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)157号 判決

事実

原告は請求の原因として、被告は昭和三十年九月三十日訴外グレイス貿易株式会社に宛て金額八十六万円なる約束手形一通を振り出し、右グレイス貿易株式会社は白地式裏書により右手形を影井芳雄に、影井は更に白地式裏書により右手形を原告に譲渡し、原告は現に右手形の所持人であるが、右手形をその満期に支払場所に呈示してその支払を拒絶されたので、原告は右約束手形の所持人として、振出人である被告に対し右手形金及びこれに対する年六分の割合による遅延損害金の支払を求めると述べた。

被告は答弁として、被告が仮りに手形債務負担の意思を以て本件手形を振り出したとしても、原告主張のように受取人を訴外グレイス貿易株式会社と記載して振り出したことはないので、本件手形は受取人の記載を欠くから約束手形たるの効力がないものである。被告は本件手形の割引が確定したときに(本件手形は本来手形割引を依頼するための見本として訴外五味康祐に交付したものであるが)、その割引金の受領を引換に自ら本件手形に受取人を記載する約束で訴外五味に交付したものであつて、何人にも補充権を付与したことはないと述べ、更に抗弁として、仮に被告が原告主張のように本件手形を振り出したとしても、受取人グレイス貿易株式会社は未登記の会社で実在しないものであるから、本件手形は手形要件を欠く無効のものであると述べた。

理由

被告は本件手形の振出に当り、受取人を記載せず何人にもその補充権を与えず、後日手形割引が成立したときに自らこれを補充する約で訴外五味康祐に交付したものであるから、右手形は手形要件を欠き無効のものであると主張するが、被告が本件手形を振り出すに当り受取人欄を空白にし、いわゆる白地手形を振り出したものであることはこれを認めることができる。そこで右白地手形の補充関係について考察するのに、被告は訴外前田幸雄の紹介で金二、三千万円の融通をする保険会社を知つているという訴外五味康祐に手形割引の方法で金千万円位の融通の斡旋を依頼し、五味の求めにより金額千万円の手形一通とせず、これを十一通の手形に分けて白地手形を振り出し、これを五味に交付したのであるが、その後五味は更に訴外宮本道孝にその割引の斡旋方を依頼してこれを交付したところ、他の十通は割引のできないことがわかり五味を通じて被告に返還され、本件手形のみは宮本から更に児玉達雄を介しその兄の児玉良彦に割引の斡旋を依頼して同人の手に渡つたが、そのときまでは本件手形の受取人の補充はなされていなかつたことが明らかであり、右事実と原告本人尋問の結果によれば、右児玉良彦が本件手形の受取人欄にグレイス貿易株式会社と補充したことを推認することができる。そして右児玉良彦が右の補充権を有していたことはこれを認めるに足りる証拠はなく、むしろ右補充権は本件手形を割引いた手形取得者にのみ付与されたものと認められ、右児玉良彦は単に本件手形の割引の斡旋を依頼されたに止まるものであるから、本件手形の補充権を有しないことは明かである。しかし原告が悪意又は重大な過失によつて本件手形を取得したことの認められない本件においては、被告は原告に対し右手形振出人としての責を免れることはできないものといわなければならない。

次に被告は本件手形の受取人であるグレイス貿易株式会社は実在しないものであるから、本件手形は手形要件を欠き無効であると主張するので按ずるのに、証拠によれば右グレイス貿易株式会社は未設立の会社であつて実在しないものであることを認めることができるが、前記認定のように本件手形には補充の結果受取人としてグレイス貿易株式会社と記入されているのであるから、受取人を欠く手形とはいえないのであつて、右のような虚無人が手形受取人と記入されていても、形式的に受取人の名称が記載されている以上、手形として無効のものとはいえないから被告の右主張は失当である。

してみると被告は本件約束手形の振出人として原告に対し手形金八十六万円及びこれに対する遅延損害金を支払うべき義務があること明かであるから、原告の本訴請求は正当であるとしてこれを認容した。

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